「想像士」が言語で構築する世界

よく聞く話に、

「肩こり」という言葉を
知らない人は、
肩こりにならない、

というものがある。

肩こり、
という概念がない外国人には
肩こりがない、

とか。
あるいは、

もともと
肩こりがなかった外国人が、
マッサージされて初めて、

肩こりになったとか。
そんな話。

そういう自分も、

美容院だったかどこかで、
肩こってますね~、
マッサージしときますね~、

って言われて、
えっ、肩こってるの?
ってなったことがある。

身体がこるというのを
気にしだしたのは、
それからだったかなぁ。

どうだろ。

そういう
意味では、

小さな子どもは、
肩こりにならないと思う。

まだ肩こりという
言葉や概念がない。

大人が教えれば、
なるかもしれない。

また、
別の話で、

神経(だったかな?)の
プログラムは言語でできている、
という話を聞いた。

つまり、

身体の神経だったか何かは、
言語で認識することによって
初めて、その機能を果たす、

とかなんとか、
そんな話。

冒頭の話も含めて、

ぜんぶ
つながっているんだろうな、
と思う。

ここからは
想像の話。

子どもが読むような、
近未来のファンタジー
っぽい考え。

たとえば、

新しい概念を
言語でプログラミングできる、

「想像士(そうぞうし)」
という職業があったとする。

この世界では、
人間は想像することを禁止され、
一部の人間、

つまり、
想像士のみが、
新しい概念を作ることができる。

そして、
彼ら以外のふつうの人間は、

新しい○○を作ってください、
と、想像士に請願をしないと
いけない。

産まれながらに、
身体に極小のマイクロチップを
埋め込まれたふつうの人間は、

思考の中を
監視されている。

想像することを禁止された人間。

そして、
その人間を監視する、
想像することを許された人工知能。

その、
人間と人工知能が
ペアとなって、

想像士の概念の中で
日々の生活を送る。

そんな、
なさそうでありそうな世界。

あるいは、

今の世界の「ある側面」を、
それに近い要素で
置き換えた世界。

そんな世界を
いろいろ考えてみたりした。



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