あわただしくも楽しい食事

今朝、
徹夜明けっぽい若い人を見た。

電話で、
「おれ、キレッキレっすよ」
と言いながら、

歩き方が千鳥足。

ぜんぜん
キレッキレじゃないところが
かわいらしく見えた。

思考とか反応が
キレッキレ。

そんな
的確な対応や返しができる人を
見ると、いいなぁと思う。

おそらく、
思考に適度の空白があるんだと思う。

刺激に対して、
反射的に反応しない。

そのコンマ何秒が
大きな差となるんだと思う。

フランクリン・コヴィー氏が
その著書『7つの習慣』の中で、
このように述べている。

刺激と反応の間にはスペースがある。
そのスペースに、自分の反応を
選択する自由と力がある。

おおむね、
そのような趣旨。

たとえば、

雨が降っている→いやだ
いやみを言われた→気が沈む
何もしてくれない→腹が立つ

ほとんど
反射的に反応してしまっている
ことも多いと思う。

でも、実際には、
その刺激に対して
どう反応するかはその人の自由。

そこには、
自由があり、力がある。

実践することはむずかしくても、
それを知っているだけで、
ずいぶん違うものになると思う。

思考の中を
いっぱいいっぱいに
しておかない。

先日のこと。

家族で本屋さんに行って、
クリスマス用に、
絵本をラッピングしてもらった。

ところが、
だいぶん経っても
なかなか出来上がらない。

息子はおなかが空いて、
娘も、たぶんおなかが空いて、
早いに越したことはなかった。

まぁ、別に
時間がかかるのは
かまわないんだけどね。

気になったのは、

若い新人さんっぽい女の子が
一生懸命ラッピングをしている横で、

ベテランっぽい50代くらいの
女の人が、ほぼ無視に近い形で、
自分の仕事をしていたこと。

ここからは
想像。

おそらく、
過去に一度、ラッピングの
やり方を教えてあげたんだと思う。

で、今回それがうまくいかないのは、
あなたの自己責任でしょう、
と突き放す感じ。

ベテランっぽい店員さんは、
特に仕事らしい仕事があるようには
見えない。

新人さんっぽい店員さんは、
失敗しながらも
一生懸命包んでくれている。

で、けっこう経ってから、
プレゼント包装された
絵本を受け取った。

やや申し訳なさそうに、
でも、やわらかい笑顔で、

お待たせしました。
ありがとうございました!
と言ってくれた。

そして、
ありがとうございます、
と受け取った。

こんなとき、
何かうまいことが言えたら
いいんだけどな、と思う。

いろいろな
葛藤がありながら、

それでも、
丁寧に仕事をしてくれて、

価値を提供してくれる。

それに対して、
こちらも何らかの形で、
応えたい。

事実と反応の間には、
無限の自由がある。

そして、
力がある。

好意の循環。

そんなことを
考えていた。

その後、
おいしく食事を頂いた。

そこでも、
店員さんがやさしくて、
いろいろ配慮してくれたり、

息子の相手をしてくれたり、
家族の写真を撮ってくれたり。

夫婦二人のときの
ゆっくりとした食事とは違い、

あわただしくも楽しい食事。

そして、
好意のやりとり。
いいね。

先ほどの
ベテランの書店店員さんにしたって、

ほんとは、
いろいろあるんだと思う。

過去に同じ仕打ちを受けてきた、
とか、いろいろ。

そんな
こわばったものも
全部ひっくるめて、

好意なりなんなり、
循環していけるといいよね、
と思う。

刺激と反応の間のスペース。
そこにある、自由と力。

そのちょっとした意識。



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