医師、須藤暁子さんのコラムが
おもしろかった。
子供がごはんを食べてくれない
っていう記事。
ざっくり言うとこんな感じ。
(リンクは最下部)
須藤さん(ママ)が2人の息子と
ごはんを食べている際、上の子が
アイスを食べたいと言う。
そこへ仕事から帰ってきたパパが
その子に言ったこと。
「ママが毎日作ってくれるご飯はね、
お前へのプレゼントなんだよ。」
プレゼントという言葉。
いいね。
そして上の子の本音は
かまって欲しかった、
ということが分かった。
須藤さんの「3人でいるのに、
ひとりぼっちを感じていたんだ。」
という気づきが、深いね。
子供が2人いると
どうしても下の子に
気を取られてしまう。
うちでも
もうすぐ2歳の息子(お兄ちゃん)が
すり寄ってくるときがある。
たとえば、寝るとき。
娘(息子の妹)をあやそうと思って
抱っこしてゆらゆらしていると、
息子が近寄ってくる。
で、自分(パパ)の足に
抱きついてくる(笑)
そして娘を見て
「だっこ」と言う。
自分の妹(自覚はないだろうけど)が
抱っこされている、って言いたいのと
同時に、本音は自分もして欲しい
ってことなんだと思う。
なんか、かわいいなぁと思う。
と同時に、何か感じるものがあって
甘えたいんだなぁと感じる。
息子は、昨日はママに抱っこされて
うとうとしていた。
どんどん甘えていこう。
幼い頃に、自分は安全だという
感覚を持つことはとても大事だと
ある記事で読んだ。
セーフベースという考え方らしい。
自分は守られている、安心だ、
安全だ、心地いい、
そんなことを感じられる場所。
この感覚をしっかり身体の奥底に
記憶していることで、大人になる
過程で冒険できる。
自分は安全な場所にいる。
いつでも安心できる場所に帰れる。
それは大人だって一緒。
自分の安全基地。
何かの本で読んだ儀式の話。
その部族では、
子供が一定の年齢に達すると
山の中にこもり1人で夜を過ごす。
この際、自分の居場所という
感覚を身につけるらしい。
うろ覚えだけど、
だいたいそんな話。
(ビジョン・クエストは
また別ものだったかな…。)
まぁ、それはさておき。
子供に限らず、
人が見せる言動には、何かしらの
本音が隠れていることもある。
表向きはこう言っているけど、
ほんとはこうして欲しい、
ここに気づいて欲しい。
答えなんかいらない、
ただ話を聴いて欲しい、
自分を見て欲しい。
アドラー心理学では
承認欲求は否定するけど、
またそれは別と割り切ってもいい。
自分が心地いい空間。
ほっとする場所。
「ただいま」と言える家。
そんな感覚を大事にしたい。