捨てたはずの嫌な部分は、親切な誰かが届けてくれるんでしょう

昨日
電車の中から

きれな夕焼けが見えました。

その深い色合いを
見ていたら

同じ電車に
乗り合わせている人たちが

一緒にどこかへ向かおうとする
同志や仲間のような
親近感をおぼえました。

共同体としての
一体感と言うでしょうかね。

不思議な
感覚でした。

パパちです。

◇◇◇

結局
他人というのも
自分自身ということなんでしょう。

一度は分離した
パズルのピースのような
ものかもしれませんね。

◇◇◇

もし
自分の嫌な部分を
外に投げ捨てたとしても

誰かが親切に

これ落としましたよ
大事なものでしょ

と言って
拾って届けてくれるんでしょうね。

これが嫌だ
これはこうすべきだ

なんてことを
外に投げ捨てちゃうと

それを伝えるために
親切にも
嫌なことを言ってくれる人が現れる。

自分が
嫌だと思っていることも

本来
かけがえのない

自分の大事なピースの
ひとつなんだと気づくための

自作自演の
お芝居みたいなものですね。

そのことに
気づくか気づかないか

ここが
ひとつのポイントのような
気がします。



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