感謝して手放す~循環

日々のイメージとして、

ゆるく
行きたい。

と思っている。

今朝、
所ジョージさんへの
インタビュー記事を読んだ。

所さんは、
「世田谷一郎」の名前で
YouTubeに曲を公開している。

その曲は、
著作権フリーらしい。

それについての
コメントがいいね。

この歳になったら
権利なんか放棄したほうが
カッコいい、

と言う。
そして、

「あとさ、もう終わった仕事の権利なんかに引っかかってると、次の仕事がおおらかな気持ちでやれないじゃない? それが嫌なんだよね。やりたいことは次々と出てくるからさ」
(「所ジョージが若手芸人に助言「1つのネタにしがみつくな」Yahoo!ニュース ポストセブン 2015.12.11より)

いいね~。

解き放たれているというか、
開放されているというか。

執着しない。
手放す。

いいな、と思う。

これも
ある種の循環。

以前、

何かの本で、
神社じゃなくても、

部屋でも柏手を打つといい、
というのを読んだ。

パンパン、と。

たぶん、

邪気を払うとか、
空気の流れをつくるとか、

そんな感じだったと思う。

そんなわけで、
今朝、
職場でひとりでやってみた。

なんかいいね。

同じような意味合いで、
片付け
について。

こんまりさん
(近藤麻理恵さん)は、
捨てるモノに感謝する。

米タイム誌の
「世界で最も影響力のある100人」

に選ばれたのもすごいと思う。

日本以外からも賞賛されるのは、
そういった、

モノを擬人化して感謝する
という、

日本的な神秘性が
何かをひきつけたんだと思う。

モノに感謝して捨てる。
循環。

そして、
感謝について。

書道家の武田双雲さんの本に
次のような記載がある。

平安時代の歌人、西行(さいぎょう)が
伊勢神宮に参詣した感動を詠んだ句
について。

「「なにごとの おはしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」
直訳すると、神宮にどなたがいらっしゃるのか自分にはわかりませんが、おそれ多くてありがたく、ただ涙があふれて止まりませんという意味です。
相当に、ありがたかったのしょうね。大自然の八百万の神を崇める、新道への畏敬と感謝に満ちた名歌です。」
(『むなしさの正体』より)
<原文ふりがな 崇める:あがめる>

こういった、
日本的な感覚って、

なんというのか、
とても心ひかれる。

感謝して、
手放して、
ゆるやかに流れていく。

そんなイメージ。
いいね。

今朝の雲。歩くとき雨はやんでいた。

20151211b



身体になじませる

朝、
空を見ると
濃い青色と灰色が入りまじっていた。

深いブルーとグレー。

雨あがりの
湿度。

紙が湿る。

今日は
とてもあたたかい。

銀座ウエスト(ginzawest)さんの
ツイートを取り上げた記事を読んだ。
(リンクは最下部)

三越伊勢丹グループの
新宿・銀座・浦和の3店が、
来年1月2日まで休業というもの。

やっぱり
正月はゆっくり、
というのがいいよね、と思う。

元旦からとか、
2日からとかお店が空いているけど、

できるなら、

正月三が日くらいは、
日本の風習を少しでも
堪能できればと思う。

その記事の中に、
こんなツイートも紹介されていた。

「大晦日の夜から三が日までは財布を開けない、カマドの火は入れないが風習だったんですけどね。御賽銭とお年玉は紙に包んで別にして置くから財布から出したことにならない。」
(@H_nori64さんのツイートより抜粋)

いいね。
こういう風習。

それにしても、
あたたかい。

今ちょっと
小説を読んでいて、

その中に、

海や山や木が、
色とりどりの表情をして
話しかけてくる、

それらが発する光が、
様々な色に見える、

という描写がある。

いわゆる共感覚
のことかなと思う。

自分には
たぶんこういったものは
ないけれども、

目に映るものが
光の素粒子みたいなものを
発しているように見えたら

おもしろいだろうな
と思う。

このあたりになると、

物理学とか、
量子力学の世界に
入っていくんだと思う。

今日は雨らしい。

雨が降ると、
デニムが乾きにくい。

夏なんかは
気持ちいいくらいに
からっと乾く。

でも、冬の最近の
お気に入り。

デニムを洗濯して、
そのまま家庭用の乾燥機にかける。

ぎゅっと縮まって、
くしゃっとして、
余熱が残る感じがすごくいい。

乾燥後の、

生地の折れ線や、
ごわごわ感や、
温度を感じながら、

身体になじませていくのが
楽しい。

リーバイス501ハチマル後期(左)
と、乾燥後すぐのリゾルト710(右)。

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「元旦から二日まで休業」三越伊勢丹の決定に賛同の声ぞくぞく –grape[グレープ]



“遊ぶのも本気”〜大楠

紅葉がきれい。

赤や黄色の
葉っぱが舞う。

落ち葉を踏むと
シャリシャリと音がする。

あたり前といえば
あたり前だけど、

ふだんは聴こえない。

西日に照らされた木々と、
空一面のうろこ雲が、
とても馴染む。

冬もいい季節。

最近知ったんだけど、
アマゾンで「お坊さん」が
注文できるらしい。

正確には、
「お坊さん便」というもので、
法事法要が手配できる。

アマゾン、
何でもやるね~。

それにしても、
お坊さんのイメージで、

カートに入れるとか、
通常○週間以内に発送とか、

っていう
表示がおもしろい。

真剣なのか、
遊んでいるのか。

たぶん両方だろう。

中田英寿さんが、
日経電子版のウェブゲーテで
こう述べている。

「僕は常に本気。人付き合いはもちろん、遊ぶのも本気だし、飯を食うのも本気です(笑)」
(「僕が京都に惹かれる理由」より)

いいなぁ、
と思う。

本気で遊ぶ。

大人になってから、
本気で遊ぶって
なかなかない。

最近でこそ、

子どもと一緒に
全力で遊ぶ楽しさを思い出してきたけど、

やっぱり、
理性が勝ってしまう。

枯葉を踏んだ音を楽しんでみるとか、
冬の風を感じてみるとか、

そういった日々の感覚的なものに
気付けるかどうか。

そのあたりが
大事なんだろうと思う。

今日のくすの木。の根っこと苔。
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中田英寿「僕が京都に惹かれる理由」-WEBGOETHE