やはり気になるヴィパッサナー瞑想

ついつい忘れがちになるけど、
一時期ヴィパッサナー瞑想というものに
関心があった。

座りながらでも歩いていても
立っていてもできる瞑想。

いろいろ流派みたいなものがあるらしいけど、
以前本で読んだのは、ラベリングしながら
行うもの。

頭の中で何かを思ったときに、
その気づきを言葉によって確認
(ラベリング)し、実況中継していく。

覚えている範囲では、
次のような感じ。

<例>
・ブログを書こうと思った
→そう思ったと頭の中で言う

・お茶を飲んだ
→お茶を飲んだと頭の中で言う

・腹が立った
→そう感じたと頭の中で言う

ちょっと言葉で表すのはむずかしいけど、
とにかく思考や行動に
ひとつひとつラベルを貼ること。

逆にいうと、思考の無限ループに
もっていかないというか。

ふだん頭の中では、これはこうしようとか、
あれはどうなったかなとか、そういった
無意識の思考がループされている。

それを「そう思った」と確認することで
一度止めてしまおう、というものだと
認識している。

とくにこの瞑想のキモは
これだと思う。

「さまざまな流儀のものが存在するが、共通するのは「今という瞬間に完全に注意を集中する」ということである。」
(Wikipedia「ヴィパッサナー瞑想」より)

ごちゃごちゃと頭の中で考えているより、
それを客観視して、それ以上
広がらないようにする。

そして今この瞬間の
感覚や感情を大切にする。

ハワイのホ・オポノポノにも
共通するところは多いと思う。



人の発するエネルギー

駅を行き交う人の表情を見ていて、
なんとなく思ったこと。

人によってその表情は様々。

いい表情をしている人もいれば、
どんよりとしたオーラを放っている人もいる。

この差はなんだろう。

どんよりオーラの人は、
持っているモノや服も含めて、そんな
エネルギーを発しているようにも見える。

物理学者のアインシュタイン氏は、
すべての物質はエネルギーから構成されている
と言ったとか、言わないとか。

「E=mc2」の方程式の話。
エネルギー (E) = 質量 (m) × 光速度 (c) の 2乗。

冒頭の話。
自分の解釈ではこんな感じ。

その差は、
本音に行動が伴っているかどうか。

いちおう仮説として。

その人がやりたいと思っていることが
行動を伴っていれば、いい表情になり、
エネルギーがあふれてくる。

逆に、
本音に理性がブレーキをかけていれば、
エネルギーは内部でくすぶる。

すなわち、表情が曇る。

書道家、武田双雲さんの本の中に
こんな記載がある。

双雲さんの実家では、両親も兄弟も
みんな賑やかだというエピソードがあって、
こう続く。

「この頃になって 、社会的成功というのはじつは全部エネルギーなのだということを 、僕は思うようになりました 。成功した理由などは後づけなのです 。職業やそれぞれの分野に関係なく 、その人がどれくらいエネルギー値をもっているかが 、その人の行動や社会的影響力になって現れるのです 。大きいエネルギーが小さいものを巻き込んでいくだけなのです 。」
(『上機嫌のすすめ』より)

おもしろい。

あ、あと、
今気になっているキーワード。
それは、エネルギーの循環。

別の機会に
もうちょっと考えてみようと思う。

あ、
そうそう今思い出した。

小学生のころ、自分は宇宙とか
ブラックホールとか、物理や化学が好きで、
そんな雑誌をよく読んでいた。

ニュートンとかそんな感じの本だったかな。
子どもでも読めるビジュアル的なもの。

なんかその頃の記憶がよみがえってきた。
不思議な感じ。



じゃ、自分はそれを食べたのか?

とりあえず思いついたことを書きたい。
最近そんな感じ。

広告についての文章を読んでいて、
村上春樹さんの「羊をめぐる冒険」を思い出した。

主人公の「僕」と共同経営者の相棒との会話。
以下、場面の要約と引用。

・2人でマーガリンの広告コピーを作った。
・評判も良かった。でも、ここ何年かマーガリンを食べたことがあるか?
・ない(僕も相棒も)。

「結局そういうことさ。少なくとも昔の俺たちはきちんと自信の持てる仕事をして、それが誇りでもあったんだ。それが今はない。実体のない言葉をただまき散らしているだけさ」
(「羊をめぐる冒険」より)

このシーンが好き。
ときどき思い出す。

以前は、この場面を読んで、
実態のあること(仕事など)をしたいと思っていた。

今はもうちょっと発展して、
こう思う。

やっていることに意味も目的もなかったとしても、
その行為自体が楽しければ、
それもありなんじゃないかと。

やっていることに意味があれば申し分ない。

でも、意味も目的もなくても、
やっていて楽しいならそれでいいじゃないか、
と。

没頭するというか。

逆にこれができないと、
「むなしさ」のようなものが
やってくるんだろう。

本は、読むたび、思い出すたびに
いろいろ示唆してくれる。